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京都地方裁判所 昭和44年(レ)22号 判決

控訴人

服部正昭

代理人

植松繁一

被控訴人

池田政義

代理人

佐賀小里

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

第一、賃貸借合意解約の主張について

一、控訴人が、昭和三四年一二月五日頃、訴外山下正次から、被控訴人賃借中の本件家屋を買受け、賃貸人たる地位を承継した事実、被控訴人が同年一二月二五日、控訴人代理人服部君美に対し、「今回貴殿御買求めの当家(私共借家)は今後三年後(昭和三七年末)私し共の方に御譲り渡し相煩度其節は御話し合の上価格御相談申上ます。尚右期日に右買取りの実行が出来ませぬ折にはその時から向ふ三年間無家賃にして頂き引越の際御心持(二拾万円)立退料を頂き右期限内に御家屋全部明渡して御返しいたします。右念の為一書差入れ致します。」と記載した誓約書(甲第一号証)を差入れた事実は、当事者間に争がない。

二、右誓約書の記載によれば、右誓約書による特約は、被控訴人が昭和三七年一二月末日までに控訴人から本件家屋を買受けないことを停止条件とする本件家屋賃貸借合意解約であると認められる。

三、家屋賃貸借契約当事者間の、賃借人が賃貸人から一定の期限内に当該賃借家屋を買受けないことを停止条件とする家屋賃貸借合意解約は、特別の事情の認められないかぎり、借家法第一条の二に反する特約にして賃借人に不利なるものとして、同法第六条により無効である、と解するのが相当である。

本件条件付合意解約には、三年間(後に一年延長)の買受期限、条件成就後無家賃三年間の明渡猶予期間、金二〇万円の立退料支払の約定があるが、これだけでは、右特別事情ありと認められない。他に右特別事情該当事実を認定しうる証拠はない。かえつて、本件停止条件付合意解約には、停止条件の最も重要な要素である賃借家屋の売買代金額について明確な約定さえもない。

したがつて、本件条件付合意解約は無効である。

第二、正当事由による賃貸借解約の主張について。

一、控訴人が、被控訴人に対し、昭和四四年五月一七日当審口頭弁論期日において、控訴人主張の正当事由に基づき、本件家屋賃貸借契約解約の意思表示をしたことは、本件記録により明らかである。

二、そこで、解約の効力について判断する。

(一)  〈証拠〉を綜合すると、控訴人は、父、母、妻、長女(昭和四四年四月一五日生)と、本件家屋とほぼ同じ広さの母所有の家屋(本件家屋の隣家、一階には、三畳二間、六畳一間、二階には三畳二間、四畳半一間があり、その外玄関、炊事場、風呂場、便所がある)。に居住しているが、勤務先の会社(婦人服販売業)の仕事を勉強するに必要な書籍等を整理するに足る部屋がなく、不便を感じていること、しかし、父母の面倒をみる必要上、父母と離れては住みえないこと、したがつて、本件家屋に居住する必要があること、被控訴人は、昭和二三年以来、家族(現在は妻と娘一人)と本件家屋に居住し、本件家屋で洋服仕立販売業を営み、本件家屋を生活および営業の基盤として必要としていること(後記(二)参照)、以上の事実を認めうる。

(二)  控訴人は、解約の正当事由の一事由として、民法第六一二条違反の背信行為を主張する。

しかし、〈証拠〉によると、被控訴人は、昭和二三年頃から、本件家屋において洋服仕立販売業を営んでいたが、税金対策のため、昭和三〇年二月二七日、個人営業を有限会社池田服装工房(資本金五〇万円、実際の出資は代表取締役の被控訴人がした)という会社組織にし、その後同会社が倒産したので、昭和四〇年一一月一三日、有限会社池田喜紳装(資本金五〇万円)を設立したが、代表取締役に被控訴人の妻の名を、取締役に得意先の河崎八三郎の名を、監査役に被控訴人の長男の名を借りたにすぎず、実際の出資はすべて被控訴人がなし、右会社の実権はすべて被控訴人が掌握し、本件家屋の使用状況も従前より実質的になんら変更がない事実を認めうる。したがつて、控訴人に対する背信行為と認めるに足りない特別の事情がある。

(三)  被控訴人が本件家屋を損傷した事実を認めうる証拠はない。

(四)  以上認定の事実関係の下において、控訴人が解約に附した金六〇万円の立退料の支払申出を斟酌しても、控訴人は、本件家屋賃貸借契約を解約する正当な事由を有するものとは認めえない。

したがつて、本件解約は無効である。

第三、結論

よつて、控訴人の請求を失当として棄却した原判決は、結局、相当であつて、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(小西勝 山本博文 那須彰)

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